コラム

11月活動報告:碧南火力発電所におけるアンモニア混焼、Cryo-DACベンチマーク装置、社会科学的課題ワークショップ

名古屋大学大学院国際開発研究科 特任助教
オリフィレンコ アラ

11月前半は、オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT)と韓国・亜洲大学からの訪問者をお迎えし、本プロジェクトにとって、新たな交流、アイデア、そして学びの機会に満ちた期間となりました。

通信技術の発展により、国境を越えた研究協力はこれまでになく容易になっています。しかし、リアルタイムのオンライン会議が可能であっても、直接顔を合わせた議論ほど思考を刺激するものはありません。この意味でも、RMIT のプロジェクトメンバーであるラジェッシュ・シャルマ教授が来学され、同大学グローバル・アーバン・ソーシャルスタディーズ学部の市井 礼奈教授、さらに水素生成の効率化に向けた技術革新を専門とする理学部のラヴィ・シュクラ教授、セルヴァカンナン・ペリアサミ教授とともに来訪されたことは、非常に貴重な機会となりました。その後、H2Governance メンバーとの共同研究を発表した韓国・亜洲大学の政治学者、パク・ソンビン教授とイ・ユヒョン教授も加わり、議論はさらに深まりました。

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碧南火力発電所の視察

11月7日、私たちのグループは、愛知県碧南市にある JERA株式会社・IHI株式会社が共同運営する碧南火力発電所を訪れました。同発電所は、愛知県の電力需要の約半分を供給する巨大な施設であると同時に、世界で初めて、大規模商用石炭火力発電所において大容量の燃料アンモニア代替燃焼の実証試験を成功させた場所でもあります。

アンモニア代替燃焼とは、簡単にいえば、従来石炭で賄っていた燃料の一部を、燃焼時に CO₂ を排出しないアンモニアで代替する取り組みです。これにより、発電量を維持しつつ、発電所における CO₂ 排出量を削減することが可能になります。

確かに、アンモニア混焼には多くの技術的・環境的課題があります。

第一に、アンモニア代替によって窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)の排出量が増加するリスクが指摘されています。しかし、2024年4〜6月の実証期間中、碧南プロジェクトはこれら有害物質の排出を増やすことなく 20% の混焼率を達成することに成功しました。

Exhaust gas from ammonia co-firing is treated at the plant to prevent any increase in toxic emissions. / アンモニア混焼による排ガスは、有害物質の排出増加を防ぐために処理されています。
Exhaust gas from ammonia co-firing is treated at the plant to prevent any increase in toxic emissions. / アンモニア混焼による排ガスは、有害物質の排出増加を防ぐために処理されています。

第二に、アンモニア自体が危険物である点です。しかし、同発電所では排ガス処理に長年アンモニアを使用してきたため、安全に取り扱うための豊富な知見と経験があります。

Ammonia tank used in the experiment. Ammonia is heavier than air and water-soluble, so the protective barrier and adjacent water tank form part of the leakage safety system. / アンモニアは空気より重く水に溶けやすいため、防護壁と隣接する水槽が漏えい時の安全システムとして機能します。
Ammonia tank used in the experiment. Ammonia is heavier than air and water-soluble, so the protective barrier and adjacent water tank form part of the leakage safety system. / アンモニアは空気より重く水に溶けやすいため、防護壁と隣接する水槽が漏えい時の安全システムとして機能します。

アンモニアを通じた脱炭素化のための最も重要な課題は、現在化石燃料に依存しているアンモニアの製造工程のける炭素排出をどのように減らすかという点です。再生可能エネルギーを用いた水電解やバイオマスガス化など、クリーンアンモニアを製造する方法は存在しますが、世界的な生産能力はまだ限定されています。

世界のアンモニア生産量は年間約1.5億トンですが、そのほぼ全量が化石燃料由来です。日本の年間消費量はわずか100万トン強に過ぎません。しかし、碧南火力発電所が 20% の混焼を継続するには、日本の現在の年間消費量の約半分が必要になります。日本のすべての火力発電をアンモニアに切り替えるには、年間約3,000万トン、つまり世界生産量の約5分の1を輸入する必要があります。

Energy needs of Aichi are currently met mostly by burning coal. For co-firing, an ammonia pipeline has been installed alongside the coal conveyor belt. / 現在、愛知県の電力需要は主に石炭燃焼で賄われています。混焼のため、石炭コンベアの隣にアンモニア配管が設置されています。
Energy needs of Aichi are currently met mostly by burning coal. For co-firing, an ammonia pipeline has been installed alongside the coal conveyor belt. / 現在、愛知県の電力需要は主に石炭燃焼で賄われています。混焼のため、石炭コンベアの隣にアンモニア配管が設置されています。

これほど大量のクリーンアンモニアを安定供給することはきわめて野心的な計画ですが、日本の国家政策および JERA の長期戦略と整合しています。JERA は 2030 年に 20% 混焼、2050 年に 100% アンモニア燃焼の達成を掲げており、経済産業省の「燃料アンモニアロードマップ」でも、2030 年に300万トン、2050年には3,000万トンのクリーンアンモニア需要を見込んでいます。

Four large-capacity ammonia storage tanks have been built at Hekinan to accommodate the enormous quantities required – up to 4 million metric tons concurrently. / 最大400万トンを同時に受け入れるため、大容量アンモニア貯蔵タンクが4基設置されています。
Four large-capacity ammonia storage tanks have been built at Hekinan to accommodate the enormous quantities required – up to 4 million metric tons concurrently. / 最大400万トンを同時に受け入れるため、大容量アンモニア貯蔵タンクが4基設置されています。

ここでの戦略的発想は、化石燃料を即時に代替することではなく、将来の技術発展と段階的な移行に備えることにあります。インフラ整備や燃焼技術の改良、国際的なサプライチェーンの構築を先行させることで、クリーンアンモニアの供給が本格化する未来に備えています。また、JERA は将来の需要に向け、米国での低炭素アンモニア製造プロジェクト(Blue Point)への上流投資も進めています。


ワークショップ:「新技術を用いた地域クリーンエネルギー生産の普及・拡大に向けた社会科学的課題」

国際的な議論は、11月10日(月)に開催したワークショップへと続きました。本ワークショップは、H2Governance を含む3つの関連研究プロジェクト――鹿島学術振興財団特定テーマ助成「低炭素水素技術の社会受容に関する実証研究」および「新技術を用いた地域クリーンエネルギー生産の普及・拡大に向けた社会科学的課題」――との共催で実施されました。

本ワークショップの目的は、水素開発における社会的・規制的・技術的側面について、特にアジア太平洋地域に焦点を当てながら、学際的な議論を促進することにありました。世界的なエネルギー転換が加速する中、水素技術の普及には、技術革新のみならず、整合的な規制、市民の信頼、安全確保、持続可能な投資基盤の整備が欠かせません。

参加者は、法学、政策学、工学、経済学、政治学といった多様な視点から、水素貿易のガバナンス、技術革新、社会受容性などについて率直で活発な議論を交わしました。

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その後、グループは、H2Governance メンバーである則永行庸教授・町田洋教授ら名古屋大学研究者が共同開発した Cryo-DAC ベンチスケール装置を見学しました。液化天然ガス再ガス化の際に発生する超低温エネルギーを利用することで、従来より大幅に少ないエネルギーで大気中の CO₂ を直接回収する革新的技術です。まだ実験段階ではあるものの、工学研究者の間で非常に活発な議論が交わされました。

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まとめ

今回の現地視察とワークショップは、エネルギー転換の各側面が国や分野を越えて密接に結びついていることを改めて示しました。日本国内で CO₂ 排出削減に寄与する技術も、上流では別の地域に炭素負荷を残す可能性があります。他方、日本へ石炭を輸出する国々は、将来的に石炭を代替し得るクリーン燃料の開発によって、このリスクを軽減する取り組みを進めています。政策担当者、経済学者、そして経営学の専門家は、こうした複雑な連動関係を踏まえ、技術進歩の不確実性を考慮した長期戦略を描く必要があります。

11月に交わした議論は、これらの課題を捉える新たな視点を与えてくれました。H2Governance プロジェクトは、今後も学際的な研究を推進し、エネルギー転換の理解と実践に貢献していきます。

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