コラム

COP28参加記:低炭素水素の重要性とさまざまな方向性

地球環境戦略研究機関
田村堅太郎

気候変動問題を議論する国連気候変動枠組条約第28回締約国会議が、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで2023年11月30日から12月13日まで行われました。会場となったのはエキスポ・シティ・ドバイです(写真1)。ドバイ万博の会場となったところで、「映える」会場に感嘆しましたが、敷地面積が東京ディズニーランドのテーマパークエリア約8.5個分の広大な会場にも驚きました。その一部がブルーゾーンと呼ばれ、国際交渉が行われた会場とサイドイベントが行われた会場となりました(図1)。

会場となったエキスポ・シティ・ドバイ
写真1(Photo 1)
ブルーゾーン
図1(Figure 1)

サイドイベントとは、各国政府、国際機関、地方政府、企業、NGOなどが、自らの成果のお披露目のために開催するイベントや展示スペースのことです。国際交渉がメイン(主)のインベントであるのに対し、サイド(副)のイベントという位置づけになります。もともとは、条約事務局のもとで開催される「公式」サイドイベントが中心でしたが、近年は各国政府や国際機関が自らのパビリオンを設置して、独自にサイドイベントを開催するようになってきています。COP28では、正確な数を確認したわけではないですが、ジャパン・パビリオンを含めて150以上のパビリオンが国あるいは国際機関によって設置されていたようです。ブルーゾーンは端から端まで1.5kmほどあり、個々のイベントに出席するために会場を動き回るのも大変です。国際会議に出席したのに、毎日1万歩以上歩いていました。そして、図1には示されていませんが、ブルーゾーンを取り込む形で、さらに広大なグリーンゾーンと呼ばれる区画があり、そこでは世界各国から企業が集まり、気候変動問題の解決に資する技術、製品、サービスなどについての展示を行っていました。

今回の私のCOP参加の目的の一つが、低炭素水素についてのさまざまな情報、意見を収集してくることでした。情報収集の場としてCOPが優れているのは、多様な意見・見方を俯瞰できるというところです。特に、低炭素水素のように、現時点ではほぼゼロの状態から、いかにしてその生産や消費を拡大していくのかについて意見が分かれるトピックの情報収集にはうってつけと言えます。

まず、クライメイト・チャンピオン・チームという組織が主催する会合に出席してきました。パリ協定のもとで、企業や地方政府などの非国家主体の取り組みを後押しする役割を担う2人のハイレベル気候行動チャンピオンが指名されます(通常、前後するCOP議長国の出身者となります)。このハイレベル・チャンピオンの活動を支えるのがクライメイト・チャンピオン・チームです。今回の会合では、脱炭素社会の実現に向けて重要な分野について、分野毎の取り組みをどのように強化するのかがテーマとなりました。例えば、低炭素水素は、鉄鋼や化学などの素材産業や長距離運輸といった「削減の難しい部門」の脱炭素化には不可欠となりますが、現時点では十分かつ確実な需要も供給もなく、インフラも未整備という状態です。この状況を打破するためにも、内容を絞った官民協力を重要なプレーヤーの間で進めていくことの必要性が議論されました。また、その後押しとして、シンクタンク間のネットワークの構築を模索していくことに合意しました。

他のイベントの傍聴や研究者と意見交換をすると、低炭素水素が脱炭素化に向けた取り組みおいて重要な役割を果たすということには皆さん賛同しているようですが、どのように使うかについては様々な意見があることがわかりました。欧州では、「水素の梯子」という概念が認識されており、代替手段のないところ(図2のA段、B段、C段)から優先的に低排出水素を利用すべきとの論調を聞きました。既存の用途先(A段)は最初の確実な需要として重要であり、こうした需要は産業集積地に位置していることが多いので、水素利用の拠点(ハブ)になりうるとの指摘もありました。大規模な需要を喚起するために発電分野での大量利用(図2のG 段)や電気自動車という強力は競合技術のある燃料電池乗用車の普及(図2のF段)を想定している日本との違いを感じました。

水素の梯子の概略図
図2 水素の梯子

また、当面は低炭素水素を海外から輸入することを想定している日本政府は、国際的なサプライチェーンの構築に向けた取り組みについての発表をしていました。また、世界貿易機関(WTO)と国際再生可能エネルギー機関(IRENA)も、低炭素水素の需要と供給のマッチングにおいて国際貿易が重要な役割を果たすとの報告をしていました。低炭素水素の認証が各国でバラバラであることも、国際貿易の促進を阻害要因となると指摘しています。この点、COP28では、水素の認証制度の相互認証の促進を目指した水素宣言が日本を含めた36ヶ国が署名して発表されました。一歩前進と評価できるでしょう。あとは、水素の製造コストおよび輸送コストを以下に低減できるかがカギとなります。

他方、水素の輸送コストの高さなどから、地産地消を目指すべきだとの意見もありました。例えば、アフリカで再生可能エネルギーから作るグリーン水素をベースにアンモニアを作り、それを化石燃料由来の輸入化学肥料への代替とすることで、化学肥料の国内生産化、輸入化学肥料への依存低下を目指すプロジェクトの紹介がドイツ・パビリオンでありました。グリーンアンモニア由来の化学肥料の価格が十分に下がれば、輸出用作物だけでなく、国内向け作物にも利用可能となり、貧困撲滅や零細農業(地方コミュニティ)への便益、食糧安全保障の向上に貢献するとしています。ここでも課題はコストです。再エネ・コスト低減に向けた国際協力の必要性が指摘されていました。

こうした様々な意見、考え方を踏まえつつ、いかにして低炭素水素の普及促進を軸にした国際協力を進めていくことで、脱炭素化を実現できるのかについて、さらなる検討を続けていきたいと思います。

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