執筆:名古屋大学大学院国際開発研究科 特任助教
オリフィレンコ アラ
総括コメント:名古屋大学大学院国際開発研究科 教授
石川知子
2026年8月28日、台湾・台北の外交および国際事務学院において、シンポジウム「資源のセキュリタイゼーション:アジア太平洋地域における地政学的競争下のサプライチェーン再編」が開催されました。
本シンポジウムは、台湾外交部外交及国際事務学院、経済部産業技術司、財団法人中華経済研究院(CIER)が主催し、日本学術振興会学術知共創プログラム事業「重層的アクターの協調を生み出す気候変動ガバナンスの構築」(H2Governanceプロジェクト)が共催しました。
本シンポジウムには、日本と台湾の研究者、政府関係者、実務家が集まり、国際的な緊張と競争の高まり、世界の技術開発をめぐる情勢の急速な変化、そして気候変動に伴う脅威への対応が一層急務となる中での、アジア太平洋地域におけるサプライチェーンのあり方について議論しました。議論では、重要鉱物資源、新たなクリーンエネルギー技術、半導体などが取り上げられ、地域に緊張が存在する中でも、民主主義という共通の価値と、経済安全保障およびレジリエンスのさらなる強化という目標を軸に深化する日台協力にとって、これらが持つ意義が検討されました。
冒頭、台湾外交部の呉志中政務次長が、台湾と日本の安全保障および繁栄が密接に結び付いていることを強調しました。また、公益財団法人日本台湾交流協会台北事務所の川合現副代表は、政府と民間が協力して、重要物資やエネルギーの調達先を多様化する必要性がこれまで以上に高まっていると指摘しました。
基調講演では、元駐英日本国大使の鶴岡公二氏が、経済安全保障上の課題を克服するための日本の対応について講演しました。また、財団法人中華経済研究院国際経済貿易政策研究センターの李淳上席副センター長は、既存の供給者との関係を維持しながら、重要物資の供給源を多角化する必要性を強調しました。
続く各セッションでは、政治、経済、技術、法律など、各分野の研究者及び実務家が登壇し、多様な視点を共有しました。
第1パネル(座長:IDE-JETRO・鄭方婷主任研究員)では、脱炭素と経済安全保障を結ぶ中国の水素戦略(日本国際フォーラム・伊藤和歌子理事)、マレーシアにおける低炭素関連技術の社会的受容性(名古屋大学・岡田勇教授、金沢大学・伊賀司准教授)、サプライチェーン再編下における台湾の経済安全保障上の課題(淡江大学・蔡明芳教授)について議論しました。
第2パネル(座長:CIER日本センター・江泰槿センター長)は、水素関連技術の評価と課題(名古屋大学・町田洋教授)、次世代エネルギー貯蔵技術(国立台湾科技大学・王丞浩副院長)、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)の展開と台湾のカーボンプライシング調和戦略(CIER第一研究所・蔡旻翰助研究員)を取り上げました。
第3パネル(座長: CIER第二研究所・吳俊彥助研究員)では、アジアにおけるクリーン水素市場の制度設計(静岡県立大学・石川義道准教授)、BCP(Business Continuity Plan・事業継続計画)と企業参画による全社会防衛レジリエンスの強化(日本安全保障戦略研究所・岩本由起子研究員)、ならびに技術と知的財産権、AIシステムのリスク評価と標準策定(CIER経済法制研究センター・王煜翔副主任)をめぐる課題に焦点を当てました。
ラウンドテーブルディスカッションでは、シンポジウムで提示されたさまざまな視点を踏まえ、議論された課題への対応の可能性について、研究者と実務家による意見交換が行われました。登壇者は、京都大学先端政策分析研究センターの服部崇特定教授、早稲田大学商学学術院の新井剛教授、株式会社福井製作所の福井洋代表取締役社長、および財団法人中華経済研究院国際経済貿易政策研究センターの李淳上席副センター長でした。
一日を通じた議論を総括し、H2Governanceプロジェクトの研究代表者である石川知子教授は、閉幕挨拶において次のように述べました。
「本日の議論から見えてきた大きな認識の一つは、エネルギー転換やAI技術の顕著な進展の一方、脱炭素政策や標準化政策といった政策と安全保障を切り離して考えることが不可能となっているということです。
エネルギー転換について申し上げれば、脱炭素は単にクリーンエネルギーへの移行ではなく、地政学的緊張の中で、技術、資源、製造能力、そしてサプライチェーンを誰が支配するのかという新たな競争を生み出しています。本日の議論は、現在起きていることは『グローバライゼーションから保護主義への後退』と捉えられるものではなく、従って、私たちの課題は、グローバライゼーションか保護主義化かの二者択一ではない、ということを明らかにしたように思います。日本や台湾を含む資源輸入国がサプライチェーンを市場に委ねるのではなく、安全保障の問題として捉え、国内生産、友好国からの調達、海外投資への公的支援などを強化していること、そしてその重要性が示されました。
また、トランプ関税のみならず、CBAM等、いわゆるビッグパワーの越境貿易政策は産業政策と表裏一体であり、企業にはこれに対応する戦略が求められること、また、外的危機に対する企業の備えとしてのBCPの重要性など、さまざまな課題が浮き彫りになりました。さらに、市民の事業者に対する信頼が、エネルギー政策の適用において決定的な効果を生むこともデータで示されました。
同時に、資源を持つ国々も、自国の資源を単に原材料として輸出するのではなく、国内で加工し、技術を獲得し、雇用を創出し、より大きな付加価値を国内に残そうとしています。重要鉱物に対する輸出制限は大幅に増加しており、この動きは、経済的威圧を行う一部の国だけに限られません。つまり、現在我々が目の当たりにしているのは、資源を輸入する国は『経済安全保障』や『国家の戦略的利益』を理由として、他方、資源を輸出する国は、資源を経済的威圧の手段として、しかしそれだけではなく、自国の持続可能な発展のための不可欠な手段として、自国の資源に対するコントロールと国内付加価値の拡大を目指し、それぞれ市場への国家介入を行うという現象です。途上国にとっては、サプライチェーンへの介入は単なる保護主義ではなく、原材料を輸出し、高付加価値製品を輸入するという従来のモデルから脱却しようとする試みでもあります。
ここで、WTO法や国際投資法を含む現在の国際的な市場の規律は、国境を越えた貿易を自由化し、外国投資を保護し、国家による障壁や介入を規律することが経済的繁栄につながるという、グローバライゼーションの発想を背景として発展してきました。
しかし、本日の議論で確認されたとおり、現在求められているのは、必ずしも『最も安価で効率的なグローバル・サプライチェーン』ではありません。安全で、強靱で、信頼でき、そして国内に一定の価値を残すサプライチェーンです。
そこに、既存の国際法との緊張関係が生じ得ます。
このような現象を前に、我々に問われている問題は、現象としてのグローバライゼーションそのものはますます緊密化する世界において、規範の問題として、安全保障、脱炭素、持続可能な開発、そして資源国の政策的自律性を、開かれた国際経済秩序とどのように両立させるのかということです。
強調したいのは、現在のサプライチェーン危機は、資源国と資源輸入国の対立だけを生むものでもないということです。資源輸入国が供給網を多角化する必要性を強く感じるほど、従来とは異なる国際協力の可能性も生まれます。例えば、国内加工、技術移転、研究開発を含めた、より公平な資源パートナーシップを構築する余地です。本日の議論は、資源のセキュリタイゼーションが生み出す緊張関係を示しつつ、このことを前提として、国家、企業、市民社会を含む形で、どのような新しい協調のルールを構築できるのかという、次のチャレンジと課題を私たちに示してくれたように思います。」
H2Governanceプロジェクトのメンバー一同は、本シンポジウムで生まれた新しいアイデアと友情が、日本と台湾の長年の友好関係をさらに深め、より広くアジア太平洋地域における協力へとつながることを心から願っています。また、素晴らしい報告をしてくださった登壇者の皆様、活発な議論に参加してくださった皆様、そして本会議の開催にご尽力くださったすべての皆様に、改めて心より御礼申し上げます。
今後も、このような実りある議論の機会に恵まれることを心待ちにしています。
